スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

長沢背稜未踏部分、ついに完踏!(その2 酉谷山~三峰神社)

 天気が良かった分放射冷却で気温が下がるため熟睡できるか不安だったが、狭い小屋に満員でいるせいか、はたまた雲取山より300mほど低いせいか、肌寒さも感じず熟睡することができた。 もう一つ心配なのは同宿者のイビキだが、耳栓をしていれば気付かない程度で安眠を妨害されることなく夜は明けていった。 

 

 鈍足な分朝早く出発するつもりだったが、あまり早く起きて同宿者を起こしてしまうのも気が引けるなあ…と思っていただが、これも同宿の皆さんは自分がぼんやり目を覚まし始めた4時半ごろゴソゴソと起き出したため、心配することもなかった。


 表を見るとすでに朝日は登っているようだが、ここは日向谷の頭の陰になっているので日が差さないまま明るくなってしまうようだ。


20160513_107.jpg


 シュラフを畳んだら早速湯を沸かしてコーンスープを作り、定番の乾パンをボリボリ齧って朝食とする。 本当はタンパク質としてギョニソーも欲しかったのだが、昨日の朝電車に乗る前にコンビニで買っておくのを忘れたのだ。

  

 とりあえず序盤の燃料を腹にぶち込んだら軽くストレッチをしてすぐに出発。 6時までには出発したいと思っていたのが5時10分だからまずは上々。 まだ少し肌寒さが残っているが、歩き始めればすぐに体が畳まるのでフリースは脱いでおいた。


 昨日山頂から戻るときに歩いていたので行福のタオまでは淡々と進む。行福のタオを少し過ぎたところよく目立つ岩と絡みつくように根を延ばした木があり、なんとなく吸い寄せられるように写真を撮っていたら後ろから同宿のおじさんが追い付いてきた。 この人は同じバス便で降り立ち自分が先行させてもらったのだが、三ツドッケや七跳山は巻いたらしくいつの間にか先行して避難小屋についていたのだった。 昨日はおなかの調子が悪く夕食も菓子パン一個で済ませたとのことだったが、回復したのかなかなかいいペースというか足が速い。


 とりあえず一緒に先へ進むと、しばらくして昨日のオスプレーおじさんに追いついた。 テントを張った場所は微妙に傾斜があり熟睡できなかったとのことだが、それでもキッチリ朝一番の登頂者が来る前に撤収して行動開始するのはさすがである。 


 ちなみに建前上テン泊指定地以外にテントを張るのは禁止されているのだけど、そもそも酉谷小屋避難小屋が実質的なテン泊指定地だったところに避難小屋が建って、泊まりたい場合はそこを使うようにというような背景がある。その避難小屋もそれほど大きいものではない(板間5人、土間3人程度)ので、満員になってしまった場合はツェルトなりテントなりを張るしかない。その場合狭い通路を塞いでしまい斜面を歩いて崩落を招きがちな避難小屋のすぐわきに張るよりも、頂上近くに張ったほうがはるかにマシなのだ。 んで、やむなくテントを張る場合、奥多摩ビジターセンターがテン泊禁止のお触れを出していても管轄圏外の秩父(埼玉県)側の斜面に張るというのが暗黙の了解になっていて、このおじさんはしっかり秩父側で張っていたのだった。 まことに清く正しい山男なのである。 実は最初から避難小屋で寝床を確保できることを前提にツェルトを持参しなかったオイラが大変よろしくないのだ。


 さきほどの個性的大岩からオスプレーおじさんに追いつくまでの間にも快適なビバークができそうな所があったので、またここに来ることがあって避難小屋が満員だったらここでビバークもアリだな、などとも思ったのだが、ホントはそれはあかんのである。 ここ以外にも鍋割山から奥の院の間とか、槙寄山の頂上ちょっと西側とか、榧ノ木尾根とか、なんとなく快適にビバークできそうな場所は歩いていると見つかるのだが…。


 ここからは3人でつかず離れず、滝谷ノ峰の巻き道を行く。 ここも境界標を通れば頂上へ行くことはできるのだろうが、さすがにもう不案内な所を外れていく気は起きない。後で調べたら「道標や頂上を示す物は無く、GPS等で確認する感じ。展望も無い。」とのことだから無理して登る必要もないようだ。 


 くるっと頂上を巻くとヘリポートが現れるのだが、ここからの眺めがもう絶景であった。北側が開けており、まるで絵画のようにきちんとした枝ぶりの木の向こうにはギザギザの頂上稜線が個性的な山が見える。 ちゃんと地図で同定すればいいのだが、オスプレーおじさんによると両神山だそうだ。 「標高のわりに遭難が多い山」というイメージしかないのだが、こうやってここから山容を見ると「あーっ登ってみたい!」と思わせる。 ウチからはかなり遠くアクセスが悪そうだが、脳内のいつか登ってみたい山フォルダに収納しておくことにしよう。


20160513_118.jpg


 振り返って南側には天祖山が採石場で削られた痛々しい山肌を見せている。 戦前に天学教会が山頂に神社を据えた信仰の山だが、ここから見るとただただ痛々しい。 そのうちに武甲山のように頂上近くまで削られてしまうのだろうか。 「眺望はないが人が少なく新緑の季節には静かな山登りが楽しめる山」らしいが、そのうちに登ることがあるかもしれないなと思いつつ、ヘリポートの脇を通り水松山へと向かう。

20160513_120.jpg


 水松山も巻いてもいいのだが、一応ちゃんと頂上まで道はつけられているし、「峰」とか「頭」ではなくちゃんと三角点があるれっきとした山のようなので頂上へ向かって歩を進める。 オスプレーおじさんともう一人の同宿のおじさんはこの後雲取山も控えているので体力セーブのため巻いていくようであった。 そうして登った水松山の頂上は七跳山よりちょっとだけ眺望がよく、三角点や手作り山名標がある分「山」らしく、とりあえず踏んでおいてよかったと思わせるところだった。 比較的広く平らだし、適度な間隔で立ち木もあるので、ここもイザいう時のビバークにはよいかもしれない。


20160513_128.jpg


 頂上からは左(西)に下っていけば巻き道と合流できそうだったが、踏み跡がやや不明瞭なこともあってUターンして元の道に戻ることにした。ところが巻き道のほうが一旦下ってまた昇るような感じで結構な距離があり、予想外に時間を食ってしまった。 頂上からなんとなく見えていた合流地点らしき場所がやはりその通りで、まっすぐ突っ切ればだいぶ時間が節約できたのだがまあこういうこともある。 二人はだいぶ先に進んでしまったようで、また静かな一人歩きとなったが、明るい日が差す気持ちのいい道だけあって寂しさを感じない。


20160513_132.jpg


 行く先をぴょこぴょこと飛び回る鳥もいたりして、自然と気分がほぐれる。 そしてこの辺から気付いたのだが、林床の苔の間からかわいらしい花が顔をのぞかせている。 以前の梅のような花(バイカオウレン)と違い、ハート形の三つ葉があるからカタバミか何かなのだろうが、バイカオウレンが終わるとこれが顔を出すのかもしれない。 右谷ノクビレ(重松ヒラキ)からまたしっかりとした登りとなり、長沢山の頂上へと向かう。 この辺は眺望がいいのできつさよりも気分の良さが勝る。 長沢山の頂上へ着くと先行の二人が休憩していた。


20160513_144.jpg


 自分もここで行動食を取って数枚写真を撮って休憩するが、それほど疲れがないので二人と合わせて出発する。 ペースもそれほど変わらないし、この辺は出るかどうかわからないが、熊にも会いにくくなりそうなので3人で行動したほうが安心だろう。


 長沢山の下りから鮮やかな花がまた顔を出してくる。 この次に控える桂谷ノ頭は別名「石楠花ノ頭」であり、その名のとおり稜線上がシャクナゲの群落になっているのだ。そこかしこで淡いピンクの花が咲いており、そのたびに写真だなんだで3人の動きが止まる。 シャクナゲといえば飛龍山の頂上直下がシャクナゲのトンネルになっていると評判なのだが、そこまでいかずともここもなかなかのものだ。 ここにシャクナゲ群落がある事は事前に全くリサーチしていなかったのでこれまた思いがけずボーナスをもらったようで大変得した気分になる。 全く今回の山行は花に祝福されているというべきか。


20160513_146.jpg


20160513_151.jpg 



 チアガールのポンポンのようにシャクナゲに応援されている感じだが、それが終わると今回の行程で一番きつい場所が現れる。 それがこの芋ノ木ドッケの登りだ。 前回雲取から下って大ダワからの登り返しでは予想外のきつさな上、下り道が不明瞭で伸び放題の枝に邪魔押された挙句額に乗せていたサングラスを紛失してしまい、巻けばよかったと心から後悔したものだったが、今回は逃げようがない。 


20160513_162.jpg


 急に木が増え薄暗くなってきた中、げんなりするような急坂を登っていくが、今日はこの急坂でも小さな楽しみがあった。 かわいらしいイワウチワが登山道わきの斜面にチョコチョコと咲いており、小さな群落があるたびにこれまた3人の足が止まるのであった。


  これまでずっと解決できていなかったのが、こういう森の中で小さな植物を撮るときの各種設定がどうにも要領を得ないことだった。 暗い森の中で接写モードにすれば光量が足りず、ちょっとした風が吹くだけでブレを起こし、フラッシュを焚いたり木漏れ日が差すところの花を撮れば今度は白飛びしてしまうという具合だった。 が、今回、オスプレーおじさんと腰を入れて撮っていることもあってあちこち数値をいじったところ、「日が当たる場所の小さく白い花を撮るときはスーパーマクロ+思い切って露出補正-1.0」にすると白飛びせずバッチリ写るということがようやく掴めたのだった。購入から6年も経つというのに今日の今日までちゃんとマスターしていなかったのもどうかと思うが、これでまたかわいい花があったらちゃんと保存しておくことができる。 こうして一つ収穫ができたことでまた気分がいい。


20160513_169.jpg



20160513_175.jpg


 とはいえ、やはり芋ノ木ドッケの登りはきつい。 意外と忘れられがちであるのだが、芋ノ木ドッケの標高は1946mで雲取山に次ぐ東京で二番目の山である。 それが緩やかな雲取山の奥多摩側一般ルートと違い、鋭くとがっているのできついのは当然なのだ。


 ヒィヒィ言いながら登っていると、コヤセドノ頭(犬落ノ頭)のあたりで作業員が道標を設置していた。 そういえばさっきから道標が妙に新しくなっているような気がしたが、この付近の道標を一斉に交換しているらしい。 いくらヘリポート(もう少し上の方の平坦地の木を切り倒して簡易ヘリポートを作ったとのこと)まではヘリが荷揚げしてくれるとは言っても、そこから一本数十kgはある丸太を担いでこなければいけないわけで、その大変さは察するに余りある。 過保護な整備や道標は興ざめすることもなくはないが、やはりこうした通る人も少ない道でもきちんと整備してもらえるのは安全登山にはありがたいものだ。


20160513_187.jpg


20160513_189.jpg


 ヤケトの頭を過ぎると木がまばらになりまた眺望が広がってくる。 芋ノ木ドッケ頂上直下はまるで展望台のようになっており、前回雲取山側から登った時の「眺望のないがっかりピーク」のイメージとは180度違う。 一回登っただけで「この山はこういう山」と決めつけてしまうのはいけないということだろう。 花と言い眺望と言い、芋の木ドッケの真の魅力は東側にあったのだ。 

 20160513_192.jpg


20160513_197.jpg


 頂上では登山道整備の作業員が休憩中だった。 日も差さない、眺望もない、寂しいだけの頂上と思っていたが、こうして数人いるだけでずいぶん雰囲気が変わってしまう。 雲取山へ向かうオスプレーおじさんとはここで別れ、こちらは三峰への下りとなる。 


20160513_201.jpg

続きを読む

tag : 登山 奥多摩

長沢背稜未踏部分、ついに完踏!(その1 三ツドッケ~酉谷山)

奥多摩駅から延びる長大な尾根道、石尾根は雲取山まで続き、そこでグッと馬蹄型を描くように曲がって東京と山梨の県境を形作る尾根につながっている。 この馬蹄型を描き芋ノ木ドッケから長沢山、酉谷山、三ツドッケへと続くのが長沢背稜(またの名を県界尾根)である。 

ちなみに酉谷山より東の部分は天目背稜ともいうらしく、酉谷山から~三ツドッケの部分は長沢背稜と天目背稜が重複しているらしいのだが、天目背稜の三ツドッケから蕎麦粒山を経て川苔山に至る部分は一昨年の9月に踏破している。

そして昨年、鴨沢から秩父・三峰神社まで縦走した折、芋ノ木ドッケを巻かずにちゃんと登っていったので、三ツドッケから芋ノ木ドッケまでを踏破すれば、これまでの山行で足跡を残した奥多摩駅から雲取山を経て長沢背稜を通り、さらに天目背稜を通って川苔山、そこからさらに赤杭尾根を通って古里駅に至るという長大な徒歩踏破ラインがつながるわけなのだ(石尾根は七ツ石山から奥多摩駅まで下っている)。

 そんなわけで5月12日、三ツドッケの登山口である東日原に降り立った。 GWに天気が今一つの日が多かったせいか、平日だというのにバスは満員である。 もう一本前のバスだったらもうちょっと空いていたのかもしれないが、前日遅くまで仕事があったので4時前に起きる必要がある始発バスには乗れなかったのだ。
 
 さらに先の中日原(鷹ノ巣山)や日原鍾乳洞(天祖山)に向かうのか、まだ1/3ほど残っているが、前の二回とも一度も人に会わなかった三ツドッケの登山口に何人も登山者がいるというのはなかなか新鮮だ。

 軽く柔軟をし、GPSロガーのスイッチを入れ、ストックを伸ばし歩き始めたのだが、ちゃんと山を登るのは久しぶりだったせいか足が重い。加えて言えば冬に全然登っていなかったし、鍋割山の水運びもご無沙汰なので、避難小屋泊まりの重さの装備を背負うのも久しぶり(去年の金峰山以来)なのであった。 テントがない分だいぶマシではあるのだが、金峰山ではテン場に主要装備を置いてしまえばあとは行動用のサブザックに日帰りの装備を持つだけなのでテン場からはそれほどの重さではない。 が、今回は雲取縦走の時同様、最後まで食料と寝袋、調理器具と水を持たなければならないのだ。 

 そしてこのヨコスズ尾根、奥多摩の山の典型で序盤がきつい。眺望のきかない杉林の上、今日は異常に気温が高くしょっぱなから暑苦しい。 30分も歩かないうちにグッタリしてきてしまった。 後ろから70リットル前後のオスプレーのザックをしょったテン泊装備のおじさんが来ているのだが、はるかに軽いはずの自分のほうが抜かれそうである。 

 そういえばこの杉林を登っている途中、幹がぐるんと一回転した珍妙な杉の木があったはずなのだが、前回登った時はすぐ現れたような気がしたあいつがなかなか見えてこない。 まさか枯れて切り倒されてしまったのか・・・それとも自分がとんでもなく遅いからなかなか現れてこないのか・・・と思い始めた時点でようやく現れた。

20160512_06.jpg

 後でタイムを見直したら雨に祟られた前回より早く着いていたので純然たる勘違いだったわけだが、そんなこんなで序盤はなかなか調子が出てこなかった。

 ところが! このきつい登りも滝入ノ峰の手前あたりから明るくさわやかな広葉樹林にかわり、体が目覚めてきたこともあって、だんだんと調子よく登れてくる。 なんというか急な割に眺望もなく報いが感じられないバス停からこの辺までの下半分ぐらいが厳しさだけで言えば核心部なんじゃないかなぁ、という気がしてくる。 そんでもって上半分は楽しさの核心部だ。 大分葉っぱは育ってきて新緑とは言うには遅いが、まだ色は淡くそれほど生い茂っていないのでまだ若干の眺望が残されている。 滝入ノ峰と横篶山の間のやせ尾根から左を見れば長沢背稜が見えるし、右に目をやれば笙ノ岩山や川苔山方面が見えてくる。

20160512_10.jpg
窓のよう

20160512_12.jpg
痩せ尾根

 そして何より嬉しいことに、このあたりからはトウゴクミツバツツジが咲いていた。 下のほうは盛りを過ぎているのだが、登るにしたがってより元気に、満開というか盛りになっていく。 近所に観光客が来るほどツツジで有名な寺があるのだが、山の中で見る野生のツツジはまた違ったありがたみがある。 そしてところどころ、真っ白いシロヤシオ(ゴヨウツツジ)も咲いているのだ。 シロヤシオといえば丹沢・檜洞丸のツツジ新道が有名だが、自分が登った年はハズレ年だったようで開花時期だったにもかかわらずポツリポツリ程度で花のつきが良くなかった。 それが今日は結構な咲き加減で、場所によってはトウゴクミツバツツジと一緒になって白の紫のハーモニーを見せてくれている。

20160512_24.jpg

20160512_27.jpg
まぶしいぜ

20160512_30.jpg
シロヤシオ

20160512_36.jpg


 そしてそれをさらに引き立てているのは今日の天気だ。すりガラスを通したようなぼんやりした晴れではなく、雲一つない澄んだ青空で陽光が強烈ですべての色彩がより鮮やかに見えてくる。 
  
 オスプレーのリュックをしょったテン泊おじさんは自分と同じペースなので不即不離で歩いていたのだが、やはり自分と同じく立ち止まってはカメラを取り出し感嘆しっぱなしであった。 去年、鷹ノ巣山から石尾根を降りて千本ツツジを通った時にはある程度開花時期を見計らって狙っていったのであるが、今回はツツジの開花時期の事はすっぽり頭を抜け落ちていたので全く期待していなかった。なんというか、期待していなかったのにこれだけ咲いているとものすごく得した気分になる。
 
気分よく歩いていくうちに一杯水避難小屋に着いた。 小屋の前のテーブルとベンチはほぼ満員。今までの山行では考えられなかったが、前二回がこの山のベストシーズンを外していただけで、花咲く今時期ならばこれが当たり前なのかもしれない。

20160512_37.jpg

 ここではドライフルーツを齧り小休止を取ってすぐに出発。 蕎麦粒山方面に5分ほど行くと水場があるのだが、水量が安定しないのと汲むのに時間がかかるので今回は水場にはいかない。 まだそんなに飲んでいないので酉谷山の水場までは十分持つだろう。

 オスプレイのザックをしょったおじさんと共に小屋の脇の急坂を登っていくと、ツツジはだんだんと蕾に代わっていく。 最初のピーク手前まで来るとすべて蕾であった。 この分なら来週の土日まではこの山でツツジを楽しめそうだな・・・と考えつつ下りにかかる。。 このちょっと下りのところから見える三ツドッケの本峰がなかなかいい。 頂上かと思って勇躍進んでいったら「そこは前衛峰だもんね」みたいなことがあると大体ガックリ来るのだが、ここは三つのピークが1セットみたいなもんなのであまり気にならない。

20160512_43.jpg


 最後の登りをぐいぐいと進み、覚えのあるトゲトゲの草にちょいと引っかかれながら最後の露岩帯を抜けると三ツドッケの頂上に着く。 「主」を自称するおっさんが違法伐採したため抜群の眺望が広り、北の一部を除けば大パノラマだ。 近くは蕎麦粒、川苔山、おなじみの大岳山や御前山、ちょっとのっぺりして見える雲取の稜線はもちろんのこと、今日は空気も澄んでいるため丹沢や富士山もクッキリだ。 前回は気にもしなかった所沢方面もくっきり見える。 山頂にいた人に教えてもらったところ、西のほうに見える銀色のテカテカは西武ドームのようだ。

20160512_50.jpg
大岳山、御前山方面

20160512_51.jpg
蕎麦粒山~川苔山方面

20160512_52.jpg
フッジ/^o^\サーン

20160512_66.jpg
雲取山 手前の採石場に削られてるのは天祖山

20160512_56.jpg
 素晴らしい眺望に「もう今回の山行の半分はモトをとったな」と満足してしまう。それでも、まだ今日の行程の半分は残っているのであまりのんびりもしていられない。写真を思う存分撮ったら、ここでも行動食を軽くつまんだだけで出発。 昼食は酉谷山避難小屋でカップラーメンを食べるつもりだが、1時半ぐらいには到着できるだろうか。

続きを読む

テーマ : 山登り
ジャンル : 趣味・実用

tag : 奥多摩

奥多摩三大急登3つめ! 三頭山 ヌカザス尾根~オツネの泣き坂

 今月は休みのたびに天気が悪く、毎年恒例の大楠山の菜の花畑も時機を逸してしまった。
もうちょっと早い時期に晴れていれば大楠山の頂上直下までMTBで自走することも考えたのだが、タイミングがずれるとやる気が起きない。 奥多摩ロープウェーの廃墟探検の下見のために奥多摩湖まで行くことも考えたのだが、そろそろきっちり山を歩きたいこともあったので、GPSの足跡をとっていない三頭山に行くことにした。

 三頭山は4年前に登っているのだけれど、その時は一番楽な都民の森からのコース、しかも1時のバスに間に合うよう滝を見て速攻で降りてきてしまったのであまり大変だった印象はない。しかし今回はヤマケイが選ぶ日本の名急登ベスト100入りを果たし、諸説ある奥多摩三大急登の候補のひとつであるヌカザス尾根からオツネの泣き坂を登るといういっちゃんハードなルートをとることにした。


 ところで以前にも書いたが、奥多摩三大急登で必ず入るのは鷹ノ巣山の稲村岩尾根だけで、残りの二つは人によって違う。だが、諸説ある三大急登候補に

1.一つの山につき一つとする
2.それなりに登ってる人が多く、多くの人がキツさを認める
3.昔からある道である

という俺ルールを適用した場合、浅間尾根は昔山岳信仰の人が登った道であり歴史的には申し分ないのであるが、鷹ノ巣山で稲村岩尾根があるので除外、野陣尾根は「富田新道」の名もあるように鎌仙人が作った比較的新しい道だし踏み跡が不明瞭になるくらい登山者が少ないので失格、あとは六ツ石山の榛ノ木尾根だが、六ツ石山は鷹ノ巣山へ登る石尾根上の小ピークぐらいの印象なので格的にちょっと物足りない。 そこへ行くと三頭山は奥多摩三山の一つだし、滝はあるわ避難小屋はあるわ売店やレストハウスもあるわで申し分ない。 そしてヌカザス尾根は途中でムロクボ尾根と合流するのだが、ここはその昔、オツネさんが通ったという言い伝えもあり、歴史的にも申し分ない。

 そんなわけで俺的には奥多摩三大急登は

1.誰もが認める最凶激坂、稲村岩尾根
2.短いけど斜度はえげつない大休場尾根
3.歴史の道、ヌカザス尾根

ということに決定した。

 ところでオツネさんオツネさんと何度も名前が出ているが、これはどういう話なのかというと

その昔、いまの奥多摩町川野地区(奥多摩湖近く)杉田重長の川野
城にオツネという美女が働いていたという。

ある時、村の寺浄光院に美男僧がやって来ました。オツネはその僧
・香蘭といつか深い仲に。毎晩忍び逢いが続きます。修行のジャマ
になることを心配した住職は、香蘭を山梨県上野原町西原の寛珠院
というお寺に移しました。

しかしオツネは香蘭が忘れられず、ある夜西原に訪ねて行きました。
香蘭との短い時間の逢う瀬を終え、急いで帰りますが三頭山を過ぎ
たあたりの坂に差しかかると東の空が明けてきます。

お屋敷の旦那さまに知られたらどんなお叱りを受けるか分かりませ
ん。「ああ、夜が明けてしまう。どうしよう」。オツネは泣きながら
坂を駆け下ります。村人はオツネに同情し哀れみました。

こうしてついた地名がオツネの泣き坂。「遠く、遠くながれる明け
の鐘しのび通いのはかなさに、祈る峠の地蔵さま、香蘭、香蘭、月
を呼ぶよなツネなき峠…」。奥多摩地方に伝わる歌「ツネなき峠」
の一節です。

山のはなし「奥多摩三頭山・オツネの泣き坂」 (山のふみあと日記)

 

なんだそうな。 そのまま引用したが、上野原市西原に臨済宗建長寺派の宝珠寺というのがあるので、旧字体の「寶」珠院の間違いではないかなと思う。
 
 川野というのはだいたい深山橋バス停の手前のトンネルあたりなので、ダムになる前の昔の川幅とか考えるとムロクボ尾根からとりついたと考えるのが普通だし、実際オツネが通ったのはムロクボ尾根のようだ。 こちらはこちらでヌカザス尾根との合流点手前はかなり厳しい道らしく、また奥多摩ロープウェー入り口の偵察もできるのでこっちを通ってもよかったのだが、バス停が一つ(陣屋で降りるとなると二つ)先になってしまうのと、麦山のドラム缶橋を渡ってみたいのでやはりヌカザス尾根に行くことにしよう。

 そんなわけで小河内神社前のバス停に降り立った。 天気予報は晴れだが、空はすりガラスをはめたようにぼんやりしていて肌寒い。 先週あたりからだいぶ気温が上がっていたので中間着にマイクロフリースではなくiHEATのジップアップジャージで来てしまったが、去年の今頃鷹ノ巣山に登ったときには頂上付近にはたっぷり残雪もあってかなり冷えていたんだった。 ウェアの選択をしくじったかなと思ったが、太陽が昇れば気温も上がるだろうし、登りに入れば体も温まるだろうととりあえずアウトドアジャケットを着たままストレッチをする。 こいつは防風には頼もしいが透湿性が無いに等しいので、体が温まったら適当なところで脱がないとビッショビショになってしまうのだ。

 登山口へ向かう前にドラム缶橋を渡る必要がある。 これは通称で二か所ある浮橋はそれぞれ「麦山浮橋」「留浦浮橋」と名がついているのだが、みんな○○のドラム缶橋と呼んでいる。 浮子にドラム缶を使っていたのは昔の話で今は樹脂製のフロートなのだが、長く続いたイメージはそう変わるものではないのだろう。 ちなみに闇に葬りたい死体を沈めるのは東京湾ともう一つここが定番というイメージがあったが、オーヤブとか松本清張とか大田蘭三とか森村誠一の読みすぎであろう、たぶん。

 20160330_16.jpg

 浮橋はジョイント部分に微妙な段差ができるのと、少し揺れるので微妙に不安感がある。 今日はそれほどでもないが、悪天候の時はもっと揺れて危険なのかもしれない。 とりあえず左手に見えるきれいなピラミッド(御前山)で気を紛らわしずんずんと先へ進む。
 橋を渡ってから登山口までがまたちょっと舗装路歩きなのだが、登山口の手前にまた似たような林業用作業道の入り口があってちょっと紛らわしい。 登山口のほうはちゃんと看板が貼ってあるのだけどね。

20160330_26.jpg

 ここからようやく登山が始まるが、ひとつ気になっていたのが花粉の問題であった。 昔やった検査では反応が出ていたのは二種類のダニ(要はハウスダスト)だけで、杉、ヒノキとも反応しなかったのだが、ここ最近妙に鼻がむずむずするし、ノーガードで吸い込み続けていたらそのうちコップから水が溢れるようにアレルギー反応が出るようになるかもしれない。 先週あたりから奥多摩の花粉飛散状況はすごいことになってて、これを体に取り込むのはちょっと恐ろしい。

ちなみに前日の時点でこんな感じ
polk1p_2016032912.jpeg

 そんなわけで、今回は自転車に乗るときに使っているスポーツマスクを装着して登ることにした。山中ですれ違った人には奇異の目で見られるだが、まあどうってことあるまい。

 登り始めると序盤からきつめであったが、奥多摩は尾根筋に出るまでは急傾斜なのはどこでも共通している。 何度も登ってる大岳山の千足沢コースもそうだし、三ツドッケのヨコスズ尾根、御前山の湯久保尾根もそうだ。 そんなわけでここまではあくまで想定内のきつさである。 もうすこし歩いて体が目を覚ましたら意外と難なく進めるかもしれない・・・と思い始めたころ後ろのほうで人の気配がした。 振り返るとカツカツとストックの石突の音とともにオレンジ色のジャケットの登山者が登ってきていた。 平日でしかも花粉がすさまじく舞っている中登る人はいないだろうと思ったのだが、どうやら20分ほど後のバスでやってきたらしい。 と、いうことは20分差を簡単に詰められたわけでなかなかムカつくというか情けない事なのであるが、ブランクが長いし仕方あるまい。 それでも簡単に抜かれるのは癪なのでちょっとペースを上げたら同じ程度のスピードになったのか、その距離はほとんど縮まらなくなった。

20160330_34.jpg

 最初の小ピークであるイヨ山で甘納豆をつまんでいるとオレンジ色ジャケットの人が追い付いてきた。 今日の予定を聞くと槙寄山を経て数馬に降りるとのことで全く同じだ。スマホを取り出して写真を撮っていたのでちょっと聞いてみたら、ドコモの電波は入っているという。 ムロクボ尾根~ヌカザス尾根のあたりは奥多摩湖周辺でも不感地帯になっていたと思うが、尾根筋だけはうまくすれば入るようだ。 auだとからっきしなのだが、そろそろキャリアを変えることを考えたほうがいいのだろうか。

20160330_36.jpg

20160330_43.jpg

 とりあえず先に出発させてもらってイヨ山を下りヌカザス山を目指すが、ここからが本番であった。 稲村岩尾根や大休場尾根でよく言われるる「すぐ前の人のかかとを見て登る」傾斜のきつさになってきたのだ。  体は目を覚まして調子が上がってくるころなのに辛さが増すというのは相当なものだ。 イヨ山のあたりまでは「これが奥多摩三大急登はちょっと過大評価では」と思っていたのだが、ここで早くも認識を改め「うむ、さすが。これは奥多摩三大急登に恥じないきつさだ」となるしかなかった。  特に厳しいのはヌカザス山の頂上手前で、この辺では転倒したらそのまま下までころんころんと転がっていきそう。ムロクボ尾根とはヌカザス山の頂上で合流しているはずだから、むこうも相当きついに違いない。 こっちは遊びであるが男に会うためにこんなところを登って行ったオツネも相当なものだ。 

  脹脛が悲鳴を上げるのをなんとかなだめすかしながら登高を続け、9:37にヌカザス山頂上に到着。ここでまた残りの甘納豆をつまんでいたらオレンジ色ジャケットの人が再び追いついてきた。 この人は多分またここで長めの休憩をとるはずなので先に行かせてもらう。 

20160330_45.jpg

  ムロクボ尾根との合流点は頂上のすぐ先にあるはずなのだが、道標はあっても道らしい道がみあたらない。 不思議に思って道標の示す先に行くと立ち木にロープが結わいてあって、それが急斜面にぶら下がっていた。 そういやヤマレコで読んだ記録に『合流するところが一番大変』と書いてあったが、ここまで凄まじいとは思わなかった。 また来ることがあったらムロクボ尾根から登るのも面白そうだ。

20160330_48.jpg

 先はまだ長いというか、「オツネの泣き坂」はここからが本番だ。 ここからはややザレた感じの土に枯葉が積もっており、置いたそばから足が滑って引き戻されるような感じになる。 最初にロープが張られていた場所は大したことなく「過保護じゃね?」と思っていたのだが、次に現れたロープ場はパワーロスが大きくなりそうなので素直にロープの力を借りた。 こういうところで無理をして足が攣ったりしたら目も当てられないではないか。 ここを越えて入小沢ノ峰までやってくるとえげつない急坂はすこし緩やかになった。

20160330_52.jpg

 そういえば、下のほうは薄っ暗い杉林だったのがこの辺りはブナ林なのだろうか、まだ葉は芽吹いていないのだけど雰囲気が全然違う。 時折キツツキのドラミング音が聞こえてくるし、幹には食痕(穴)が綺麗に開いていた。

 前のほうに連なるいくつものピークが近くなると斜面に少し残雪が出てきた。 ヌカザス尾根は北側の斜面の上に、1月末の雪ではかなり凄まじい積もり方をしたとのことだったので残雪が心配でチェーンスパイクを持ってきたのだが、一部登山道にうっすら残っているところはあってもチェーンスパイクを装着するほどではなかった。 しかし、溶けた雪のせいでだいぶぬかるんでおり、登山道の路肩部分はうかつに体重を乗せるとグズグズと崩れそうだ。 ここは慎重にやや山側に寄って歩くことにして残雪帯を通過。 ここを抜けるとようやく山頂直下の御堂峠の分岐だ。

20160330_68.jpg

 ちなみに昭文社の「山と高原地図」のコースタイムではだいたい3時間半ぐらいであり、これは結構シビアというかタイトめであるとはいえ、同じくらいのタイムで着きたいなと思っていた。 が、時計を見るとちょうど11時。 大体15分オーバーの3時間45分かかっていた。 やはり2月の気管支炎とその後の天候不順でトレーニングをサボっていたのが覿面に効いてしまったようだ・・・。 

20160330_70.jpg

 ところで三頭山というからにはピークは三つあり、やはりちゃんと全部踏んでおきたい。 大人数が弁当を広げられるような広い山頂は西峰だけなのだが、最高点は中央峰、三角点が置いてあるのは東峰なのである。 昼食は西峰でとることにしているからまずはさっさと中央峰と東峰に行っておく。  三つ峠山で御巣鷹、開運、木無の三つを全部踏むよりはるかに近いし労力も大したことはないのだから億劫がってはいけない。 

20160330_73.jpg

20160330_81.jpg

 東峰・中央峰を踏んでノルマは果たし、最後に西峰に登ると、うす曇り空の向こうに富士山がもや~んと姿を現していた。 前回もどんより曇っている中うっすら富士山が姿を現してくれたのだが、よくよくこういうシチュエーションにあたってしまうようだ。 まあ濃霧で何も見えないよりだいぶ救いがあるのだけどね。

20160330_83.jpg

 ここでは早速富士山が見える特等席のベンチでザックを下ろし、バーナーで湯を沸かす。 前回は小学生の遠足に当たってしまい食事をせずに退散したので、ようやく三頭山での頂上ラーメンを堪能できる。 やはり真夏であるとか、山頂のベンチが山の茶屋の所有物でバーナーを使うのに遠慮がいるところを別にすればなるべく頂上ではラーメンで〆たいものだ。
 湯を沸かしているとオレンジのジャケットの人が登ってきたが、写真を撮るとさっさと笹尾根のほうに向かってしまった。 どうやら混む山頂は避けて昼食はもっと先のほうで摂るらしい。 ひょっとしたらこの先に自分の知らない好スポットがあるのかもしれない。

 できたラーメンをそそくさと啜り、食べ終わったら素早く下山に移る。 大岳山のように眺望が良ければもうちょっとまったりしていたいのだが、富士山と石尾根方面が木々の間から見えるとはいえそれほど眺望が抜群というわけではないのと、花粉のせいか花曇りなのか、あまり視界が効かないので長居する気にもならないのだ。 とりあえずプランAでは下山後には温泉が待っているし、プランBでも笹尾根を笛吹峠まで下っていく長丁場になるので早く出発するに越したことはないのだ。

続きを読む

意外とキツかった三浦アルプス

  首都圏にも雪が降った直後。 体調・準備も良ければ奥多摩にでも行きたかったのだが、仕事は早上がりできないし足も微妙になまってるし、山行の準備もしていなかったので手近でまだ歩いていないところのほうがいい・・・ってなわけで三浦アルプスに決定。 どうせ標高は200m程度だし、そんなに早く出なくていいやと油断していたら盛大に出発が遅れてしまった。 電車の乗り継ぎが非常にうまく行ったのだが、それでも最寄駅に降り立ったのは11時半過ぎ。 普段の山行なら山頂でラーメンの湯を沸かしている時間帯である。

 三浦アルプスに限らずこの手の里山でありがちなのが登山口が住宅地の中にあって見つけづらいことで、ここも例にもれずダウンロードした地図と現在地の照合が微妙にうまくいかず、新興住宅街を何度となく行ったり来たりして無駄に時間をロスしてしまった。
同じく三浦アルプスを攻めると思しき3人組の青年と10分ほどウロウロしてようやく入口の急階段を見つけた時には正午を回っていた。ただでさえ出発が遅いのに困ったもんだ

20160119_02.jpg

 序盤こそ住宅街に近くすぐ下に家屋が見えていたりするのだが、ちょっと進むと両側が深い笹薮になっていてトトロが出てもおかしくないような雰囲気になってくる。 それでも送電線がコースの上を走っていて、途中に鉄塔がいくつも立っているので普段登る1500m級のように深山幽谷という感じではないのだが、踏み跡程度の細く小さな道が縦横に走っているのでやや戸惑う。 だいたいの分岐には手作りの道標が据え付けられているのだが、初めてで慣れないコースなので自分がどの辺まで進んでいてどの分岐にいるのか良く判らないのだ。

20160119_07.jpg

20160119_08.jpg

 30分ほど進んだところで鉄塔の下に「FK3」と書かれた立派な道標が設えられている。 ラミネートされた詳細な地図があったので自分の手持ちの地図と比べて見るのだが、推奨コースが微妙に違う。 自分がダウンロードした京急の地図だと、乳頭山から南中峠(六把峠)を経由し、中尾根に並行して南沢沿いを進んで森戸林道との合流点から二子山を目指すのだが、こちらの地図だと馬頭観音を経由して砲台道との合流点から二子山へ向かうか、二子山を通らない南尾根のルートだけに赤線と分岐名称が記載されていて、中尾根とそれに沿ったルートは頼りない細線が引かれているだけである。 自分は京急マップのルートの通り進むつもりだったので、せっかくの詳細地図なのにイマイチ役に立たないが、まあ全然進んでいない事だけはわかった。
 
20160119_15.jpg

20160119_17.jpg

 気を取り直して乳頭山へ進むが、手前の何の標識もない展望岩を乳頭山と勘違いしたりして、結局到着は1時前になってしまった。もうちょっとまじめな予定ではこの時点で二子山くらいに到着しているはずなので、眺望を楽しむのもそこそこに踵を返して二子山へのルートへ急ぐ。

20160119_36.jpg

20160119_38.jpg

 ここから斜め十字路という道標があるのにイマイチわかりにくい分岐は普通に正しい道に行けたのだが、その次の南中峠の分岐は判り易い道標もなく、なんか斜面の下の方へ降って行くのが気に入らなかったので見通しのきく尾根通しに進んでしまった。実は休憩所が設置されているお勧めルートのほうは下のルートで、上を通ると細かいアップダウンがあるのでややハードなのである。 下のルートは二回ほどちょっとした渡渉があり、雨天時は尾根通しを進むことが推奨されているので別に間違っているわけではないのだが・・・。

20160119_43.jpg

 この辺まで来ると送電線は全く通っていないし、左手(南)には南尾根、右手(北)には樹木越しにツバキ尾根が見えるくらいで、さすがに高度経済成長~バブル時代の開発の魔手を逃れ続けてきただけあって、思いのほか森も深く秘境テイストが味わえる。 惜しむらくは自分が遅出したせいで精神的なゆとりが無く、この思いの外自然の豊かな道もじっくり味わうのでなく、「明るいうちに抜けなければ」と早く脱出することばかりを考えてしまっていることだろう。 二子山は大体三浦半島の真ん中へんに位置しているから行程の半分といっていいのだが、2時にそこまで着けるかどうかも怪しくなっているのだ。 低山だし、二子山まで行ってしまえばあとは降りるだけだし、整備された公園へ抜けるエスケープもあるからもうちょっとどっしり構えてもいいはずなのだが、奥多摩や丹沢、御坂の山々で2時過ぎに頂上にすら着いていないなんて事はまずありえないので、そう簡単には切り替えて思考できない。

 1時40分ごろにようやく森戸林道の終点との合流点に到着するが、冬はこの時刻になるともう太陽の勢いがだいぶ弱くなってくる。 加えて谷あいになるので日陰になり、一気に夕刻が近くなった気がしてしまう。 そしてよろしくないのが、この森戸川の源流で、最上流部のくせにやや濁りがあって今一つ清冽さが無い。 真夏だったら涼しげで気持ちいいと考えられるのだろうが、今日は寒いし風も強いし(マイクロフリースに加えてヤッケをずっと着ている)、薄っ暗いしで、なんとなくホラー映画に出てくる暗ーい森とヨドミを連想してしまったのだ。 

20160119_47.jpg

 とりあえず二子山の頂上に行かないとはじまらないので沢を遡上していくが、ちょっとした渡渉や、踏み込むとじんわり水が浸み出す泥の上を歩いたりなんだりがあったりして、スパッツつけときゃよかったな(持っているけど雪が残っておらず序盤は乾いていたので着けなかった)と後悔する。 沢からちょっと離れて登り始めると、途中でロープ場や道に覆いかぶさっている倒木があったりで思いのほかややこしい。 特に倒木は根っこから倒れたのが斜面をずり落ちて道を塞いでいたりと結構派手なのがあったりするので、夏の台風の後はかなり危険なことになっていてもおかしくない。小さな看板に警告が書かれていたが、決して大げさな脅しではなさそうだ。 

20160119_50.jpg


 砲台道と合流すると道は車が通れるほど広くなり、やや安心する。 頂上には電波塔が建っていたから工事車両がここまでは行ってきていたこともあっただろう。 ただ、道沿いにあったカーブミラーは鏡が無くなって蔓が絡まっていたので、それも大分昔の事だったのかもしれない。

 2時を10分ほど過ぎたところでKDDの電波塔の前を抜けたところが二子山の頂上だ。 雲はなく、空も青く、海も見えるのだが、大楠山に比べると今一つ意気の上がらない眺望だった。 俗物的感覚ではあるが、やはり富士山や丹沢の山々が見えないと物足りない。電波塔の陰になってしまうから仕方ない事ではあるのだが・・・。

20160119_71.jpg

20160119_72.jpg

20160119_74.jpg

20160119_78.jpg

 三ツ峠や大岳山のようにいつまでも眺めていたいような景色でもないので早々に山頂を退去する。 当初の予定では一旦引き返して森戸林道を下る予定だったが、日も大分低くなってしまったので暗い谷あいの道を通りたくない。 さりとて安全かつお気楽な南郷上ノ山公園のルートを通るのは遅出に加えてあまりにも安易すぎはしないかね、という事で下二子山を通っていく完全尾根通しのルートを取る事にした。 一旦下って登るが、まあ大した標高差ではないだろう。 

20160119_80.jpg

 ある程度予想はしていたのだが下二子山は頂上が樹に覆われた眺望の無いガッカリピークであった。 加えてここからの下りはじっとり湿った土の滑り台のような斜面で勢い良く駆け降りるという事が出来ない。 一回など滑って尻餅をついてしまった。 そして最後に阿部倉山のピークを踏んでおくか、巻いてしまうか迷ったのだが、もうゴールは近いし大した手間では有るまいとピンクテープの貼られた小さな分岐を登ったところでまた選択を誤ったことに気付いた。 いや、道を間違っていたわけではないのだが、道そのものが通るべきではないような酷さだったのである。 

20160119_81.jpg

20160119_86.jpg

 ツルッツルの土の滑り台で普通に進むことはまず不可能。 どうするかというと、両脇に生えている笹薮や低木の枝を掴んで少しずつ体を引き上げるしかないのだ。 ひとり分しかない道の両脇の笹が全部下向きに倒れているのはこう言う訳だったのだ。
そして着いた阿部倉山の頂上は二子山を超える薄っ暗いガッカリピークであった。 それだけならまだいいのだが、畳数畳分の広さの周りがぐるっと背の高い笹に覆われていて、人目に付きづらく、死体が遺棄されていてもおかしくないような雰囲気である。 日が高いうちならまだいいのだが、冬の3時前と云う時刻は一番焦りが出てくる頃合いでは不気味さも倍増。一刻も早く退散するに限る!と逃げ腰モードになって土の滑り台を退散するのであった。 ここを降りてしまうと登山道の終点はすぐ。  やはり住宅街の中の、こっちから登ろうとしたらまずなかなかわからないだろうなという民家の脇の道を抜けてアスファルトの道に戻ったのであった。

20160119_94.jpg

  開けた道に出ると日はまだあるのだが、海岸まで足を延ばすにはちょっと遅い。 それに碌に昼食を摂っていなくてバテ気味だったので、大人しく新逗子駅までまっすぐ向かう事にする。 ここまで書いていなかったのだが、実はペットボトルの水を忘れていて、バーナーやコッヘルを持っていてもお汁粉屋ココアは作れず、多少余裕があっても二子山で休憩ができなかったのだ。 

20160119_100.jpg

 チョコレートをかじり腹を誤魔化すと、京急のシートに腰を下ろしたが、自分でも気づかないほど疲れていたようだ。上大岡のあたりで寝落ちしてしまい、目を覚ました時には品川まで運ばれていたのだった。チャンxチャン。

20160119_107.jpg


新春山行 大岳山

正月は自転車で城ヶ島へ行って初日の出を拝み、2~3日と避難小屋泊まりで長沢背稜を踏破するという無謀な計画を立てていたのだが、年賀状を印刷しようとしたプリンターが不調になったり、大掃除が捗らなかったりで寝るのが遅くなってしまい、結局夜間走行は無理ということで元日はごろ寝と初っ端から計画がくるってしまった。 

 そんなわけで予定は大幅に軟弱に変更、2日はいつもの鎌倉~江の島周遊コースを走り、1日置いた4日に大岳山へ登る・・・というスタイルに変えた。 大分軟弱ではあるが、かねて未踏であった鋸尾根を縦走し、あわよくば日の出山まで足を延ばすことで普段だらけがちな正月に出来る限り体を動かすという目論見である。

 予報ではかなり気温が上がるとのことだったので、前回と違い中間着にはマイクロフリースではなく春秋に着用するサウスフィールドのジップアップジャージとし万が一のためにユニクロペナペナダウンを持っていくという形である。 雨も降らなさそうなので羽織るのは雨具兼用のアウトドアジャケットではなく、ワークマンのヤッケにした。

 当日、始発の電車で奥多摩へ向かうと、矢野口から乗ってきた登山スタイルの男性と隣り合わせになり、転寝することもなく山の雑談をしながら奥多摩まで行ってしまった。 帽子をしていたから気付かなかったのだが、日蓮宗のお寺の坊さんであった。なんでも普段は気楽な単独行を楽しんでいるとのことだったが、前回は危険ルートで知られる二軒小屋尾根(雲取山)を使ったため雲取山荘の管理人に怒られちゃったよと頭を掻いていた。

 この坊さんは川苔山に向かうとのことだったので駅で別れ、自分はまだ薄暗い中を愛宕山に向かう。 愛宕山は正規分布のグラフのような形をしたちっさい癖によく目立つ山で、まずはここを登って行かねばならないのだ。 そして、この小ささ(標高は507mしかない)な割にこの名を知らしめ恐れられているのが、中腹の広場からてっぺんの神社まで最短距離で結んだ直線にしつらえられた急階段なのである。 段数はおよそ180、そのすさまじい急角度に後ろにのけぞりそうである。 なんでも

「清澄な神社に参る覚悟のない者 来るべからず」
「この階段を登る覚悟のある者のみ来るべし」



な意図で作られたものらしいが、覚悟はあっても体が衰えたらもう無理だよね。

20160104_06.jpg

まだ体が目を覚ましていないのに初っ端からこの階段はキツイ。 うっかりフラついて後ろにひっくり返ったりすると冗談でなく命に関わるので、右手にストック、左手は手すりを掴んで堅実に進んだ。 鋸尾根はハシゴや鎖場があるとのことだったので今日はストックを一本だけにしておいたのだが正解だった。

20160104_08.jpg

20160104_09.jpg

 ここからほんの少し下っていよいよ本格的に鋸山への道へ向かう。  ゴールは同じところとはいえ初めてのコースはなかなか緊張するもので、やや足場の悪いところは過剰に慎重に足を運ぶためペースが上がらない。 それでも愛宕山から40分ちょっと進んだところでなにやら眺望が開け石像が並んでいる場所に出た。

20160104_23.jpg
 
 後でここは天聖神社という事が判明するが、とりあえずこの時点では「わー、良い眺めだなー」と小学生並みの感想が出ただけであった。 石像越しに御前山が見えるのはなかなかにダイナミックである。

 この天聖神社を越えるとにわかに道が悪くなってきて、小さな梯子段が現れた。いよいよ核心部に近づいてきたのだ。 小さな梯子段を降って先へ進むと、今度はさらに立派な梯子段と鎖場が行く手に現れる。

20160104_28.jpg


  ところが近づいて見ると意外なほど難易度は低く、この鎖だって無きゃ無いで何とかなりそうな感じである。  どっちかといえばさっきの小さな梯子段の前後の足場が悪いところのほうが転倒した時にヤバいことになりそうな感じがして不安だった。 ここが危険マークのある鎖場ならずいぶん過保護だなあ・・・などと思っていたのだが、一旦緩くなった道をしばらく進むと分岐点にやってきた。 

 どうやらここが「真・鎖場」であるらしく 

←鋸山       鎖場コース→
鎖場を巻く      足場悪し

となっている。 わざわざ迂回路があるならよっぽどだろなとやや腰が引けつつ、せっかく鋸尾根に来たのは何のためだ! 厳しいルートを踏破するためだろう!と思い直して右にルートを取る。 そうして現れた鎖場はこんな所だった。

20160104_33.jpg

たしかにへヴィな鎖場ではあるのだが、絡みあいながら伸びている木の根っこやところどころ凸凹のある岩は手がかり、足がかりが多く、ある程度までは鎖が無くても大丈夫だった。 安全のために途中から鎖を頼ったが、行者や鬼ヶ岩、宝剣の時とは違って片手で鎖に掴まったまま自撮りするぐらいの余裕はあった。

20160104_35.jpg

 思いの外簡単に鎖場をクリアすると難所はもう現れなかった。 どうやら鎖!梯子!痩せ尾根!金!暴力!SEX!みたいな感じで過剰にビビっていたようだ。なんか後ろに三つほどは余計なのが混ざってる気がするが。

 この鎖場を過ぎて少し進んだところで悲惨な落とし物を目にした。 なんと靴のソールがぺろ~んと剥がれて落ちていたのである。 大岳山方面に進むにはまだ先が長いし、奥多摩へ戻るには鎖場は越えちゃってるし、まーた最悪なところで発生したなーと拾い上げてみると、自分も4年ほど前まで使っていたGTホーキンスの物だった。 確か自分のも爪先のカップからベローンと剥がれたが、症状の進行はゆっくりだったので山でトラブルには合わずに済んでいる。しかしこれだけ同じような症状を見ると、ココの靴を本格的な山登りで使うのはやめたほうがよいように思う。

20160104_38.jpg


 このまま放っておくとゴミになるので回収してザックのボトルポケットに突っ込んで出発。 朝早く出発したとはいえ距離が長いのでなかなか中間点の鋸山に着かないと焦りが出てくる。 地図の等高線で見ると実際に小ピークらしい小ピークは1つだけなのだが、段丘状になっているのか、頂上らしきものが見えてそこまで行くと次にまたちょっと先に頂上らしきものが見える・・・というのが続きなかなか山頂に着かない。 

20160104_45.jpg

三角点があったので「いよいよ頂上か!」と期待したが一向に頂上が現れない。 三角点と最高点が離れていることは珍しくないが、これは離れすぎじゃね?と思い始めたあたりでようやく鋸山山頂に着いた。 あとでGPSで確認したら三角点と頂上は水平距離にして400m、標高差にして60m以上離れていた。

 ここで甘納豆をつまみ、日も少し上がってきたのでヤッケを脱いだ。 本仁田山の時とは違いフリースジャケットは早目に脱いでいたので体感的にはずっとひんやりしていたのだが、それでも大分汗で湿っている。 気温はまだ10℃以下なのだろうが、風もないし日当たりが良くなってきたのでこれでちょうどいい。 そして、「これからが楽しい稜線歩き本番!」とでも宣言するかのように、御前山の陰に隠れていた富士山が姿を現した。

20160104_52.jpg

20160104_56.jpg

 ここからは本当に難所もなく、概ね歩きやすい稜線だった。 樹林帯の中ではあるのだが、真冬で葉が落ちているので日もそこそこ入っておりポカポカと温かい。  小ピークのオキノ岩山をクリアしいよいよ大岳山へあとは登るばかり・・・というところで向こうからオレンジ色のジャンパーを着た初老の男性とすれ違った。 この時間にもう大岳山から下り?えれーせっかちな・・・と思ったが、男性が担いでいるものを見てレジャーの登山者ではないことに思い至った。 彼の肩には黒光りする散弾銃が担がれていたのである。 話を聞くとやはりターゲットは最近増えすぎている鹿だという。それにしても重い散弾銃を持ってあの足の運びの軽やかさ、うらやましい。  「このへんには結構いる」という言葉通り、この後頂上に着くまでに5回ほど銃声が山に響き渡った。


20160104_67.jpg

 より日差しの強くなった稜線を先へ進むと、馬頭刈尾根へ向かう巻き道との分岐に到着した。 初めて大岳山に登った時は土砂崩落で馬頭刈尾根から山荘を経由して山頂に至る道が崩壊しており、一旦鋸尾根方面へ回って登頂しなければならなかったのだが、その時ここまでやってきたのだった。 という事はここからはちょっとした鎖場を通るだけであとちょっとという事である。

 あの時はもうちょっと危険だったような気がするが、少し整備されたのか、もっときついところを歩いて慣れてきたのか、それほどの厳しさを感じない
20160104_72.jpg

わざとらしく木で塞ぐようにしてある海沢探勝路への分岐を過ぎ、最後の登りをこなすと、広くて眺望のいい大岳山の頂上に到着。 10時50分。 ここまで4時間20分であった。


20160104_74.jpg

20160104_76.jpg



続きを読む

プロフィール

piccoli

Author:piccoli
 自転車、釣り、スノーケリングにハイキングとアウトドア遊びばっかしてる不良中年です。 主な出没地域は三浦湘南、真鶴に奥多摩周辺。 

カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
カテゴリー
月別アーカイブ
ブログ内検索
最近の記事
最近のトラックバック
最近のコメント
リンク
フリーエリア
にほんブログ村 自転車ブログへ にほんブログ村 自転車ブログ ツーリングへ にほんブログ村 釣りブログへ にほんブログ村 釣りブログ 波止釣りへ にほんブログ村 マリンスポーツブログへ にほんブログ村 マリンスポーツブログ シュノーケリングへ
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。